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あたしが小学5~6年生だったときの担任・マツダ先生(仮名)は、クラスで話し合うとき生徒にたったひとつのルールを課しました。そのルールとは、「意見を言うときは、必ず理由を言わなければならない」というもの。これは鉄の掟で、例外は許されませんでした。今にして思うとこれはすばらしい教育で、あたしはマツダ先生にものすごく感謝しています。

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こうやって丁々発止で説得し合ううちに、けっこうみんな、最初とは意見が変わっていくんですよ。「自分はドッジボールが好きだけど、当てられて嫌がる人がこんなにいるなら、バスケの方がいいかな」とか。「ソフトボールがやりたかったけど、言われてみれば学校のグローブはボロいし数も少ないし、別の種目の方がいいかな」とか。いろんな角度から意見とその理由を発表し合って、考えに考えて、意見が出尽くしたところで「では採決を」と持って行くのが、マツダ先生のやり方でした。

これが当たり前だと思ってたんだよね、小学生時代のあたしは。ところがいざ中学校に入ってみると、そこでの「話し合い」はこんなていたらくだったんです。

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なんちゅう幼稚な意思決定方法だ、と12歳のあたしは思ったね。こいつら小学生以下かと。これじゃ各自がなにも考えずに「ぼくのわたしの好きなもの」を選んでるだけで、意見を交わしたり考えたりっていうプロセスがゼロじゃん。自分と違う視点に気づくチャンスすらなく、それぞれセルフィッシュに「(自分が好きだから)これがいいでーす」と手を挙げるだけで、こんなの何の意味があるんだよと。

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そんでもって、意見交換で相手を説得するには根拠が必要なんです。上の方にも書いたけど、根拠を挙げようと思ったら、「ぼくは/わたしはこれが好きだから、みんなこれに賛成するべき」なんて小学生ですら恥ずかしくて言えなくなります。たとえタテマエでもいいから、「なぜこれが集団の構成員全体にとって有益なのか」を示さなければならなくなるわけで、全員が頭をひねってその「なぜ」を考えるうちに議論が深まり、より考え抜かれた意見が形成されていきます。そこまでやってから決を採ってこその多数決でしょ。

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結局はマツダ先生が偉かったってことになるんでしょうけど、ああいう議論のしかたの教育を日本じゅうの小学生が受けられるようにしなくちゃいけないと思いますね。ゆとり教育の見直しで算数だの英語だのの時間を増やすのもいいけど、こういうところにももっと力を入れていく必要があるとあたしは思ってます。

傷病休業および産前産後、育児休業の間は、会社の規定によりますが無給でも問題ないでしょう。満3歳までの子どもを養育するために育児休業を取る場合、申請をすれば会社分と本人分の社会保険料が免除されるので、会社の負担はほとんどないと思われます。本人には健康保険から出産育児一時金、出産手当金が支給されます。
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おもしろいのは、男女共学にすると女子のほうが成績がよく (25歳くらいまで続く)、男女別学にすると男子のほうが成績がよくなる、という傾向は、どの文化でも見られる特徴なようである。だいたい同じ年齢なら女子のほうが勉強ができる、と思っていたので、別学 (男子校) にすると男子のほうが成績がよい、というのは意外であった。

私は受験の都合でたまたま名古屋で御三家といわれるお嬢様学校に通っていたのですが、特に高校は県下の女子進学率で一番の進学校だったこともあり、地元エリート家系の女の子が周囲にたくさんいました。もちろん、そうでない子も多数います。(私自身、高校の中では貧乏なほうで成績も落ちこぼれでした・・・残念・・・。)

その中で「本当に良いお嬢様」は、生まれた瞬間から血筋や資産を受け継ぐ者として重い使命を背負わされ、厳しいしつけや茶道華道ほか無数の習い事、学業でも優等生でいなければならない義務感・・・などに縛られて、もがきながら育ってきた子がとても多く、とても楽して生きてきたとは思えぬ世界でした。

その苦労を知らずにお金持ちというだけで悪く言う人がいて、たまに可哀想になることがあります。

だから、いわゆる「成金のお嬢様」といわれる子が

・ 遊ぶお金や時間を自由にもらえる
・ プライドが高く、嫉妬深く、自慢ばかりする

ようなイメージに対し、「本当に良いお嬢様」は、

・ 厳しい環境で育ってきて、控えめで節制して暮らす
・ 余裕があるから自慢する必要が無く、他人を妬まない
・ たくさん学んで身に付けた能力が高いから人を蹴落とす必要がない
・ むしろ相手を尊重してすごく親切に接する人間性

という模範的な性格を感じます。

私の中にある「性格の良い友人知人」について共通点を考えてみた - HINALOG 2.0 (via otsune)

知らないうちにたくさんReblogしていただいていたと知ってビックリコ。
みなさんありがとうございます(><)

(via hina)
竹は百年に一度世界中で一斉に花を咲かす
理由は不明
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The Daily Kitten: Stanley (+ 13 more pix)Courtesy and copyright: Lesley and Mike

(via goodmorningkitten)
トルストイは貴族なのに、最も貧しい人たちと同じ生活をしようとした。あるアメリカ人は「立派なことだが、それで貧乏は理解できない。金品の不足ではなく、今後の生活への恐怖が貧乏なのだから」と言った。

活字中毒R。 (via to, no-where—now-here)

2008-05-09

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2011-07-06

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「先祖の怨念なんかありませんよ。あなた子供が可愛いでしょう?仏壇買わないからって子孫を恨んで呪う様なヤツはご先祖様なんかじゃありません。出てきたら私が丸太でぶん殴ってやります」と禅宗のエライ坊さんが言ってた。私はかなり同感である。 #dig954
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失敗を怖がる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。 (東大物理学者) http://t.co/aQ2bowRP

僕の持論に、「人間は残酷な人ほど優しくなれる」というのがあります。残酷な人ってね、相手がどう思っていようか全く関係ないんだよ。相手の気持ちなんて関係ないの。自分が好きだから言葉を尽くして気持ちを尽くすんだけど、「ああ、もうこの人はこれ以上のことは伝わらないんだな」って思ったその瞬間から、一切手を引くことが出来る。未練がましい人は、相手にかけた気持ちや時間とか時にはお金に執着する。残酷な人は、そういうものは持ち合わせていない。これ以上はダメだと思ったその瞬間から、プッツリと気持ちを切ることが出来る。優しさってそういうものなんだと思うんだ。相手の状態がどうであれ、出来る限りのことを自分がする。それでもダメって思ったら、後ろ髪を引かれながらも背中を向ける。

そういうのが優しさってもんじゃないかな。私はそういう付き合い方をしたい。